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住 所 |
鳥取県日野郡江府町江尾 |
撮 影 |
2016/12/14 |
歴 史 |
はっきりした築城年代は不明だが、城跡説明板によると1484年(文明16年)にこの地の国人・蜂塚安房守が築城し、4代にわたって居住したという。
その後1524年(大永4年)の尼子氏の伯耆侵攻(大永の五月崩れ)に伴って、尼子氏の支配下に入った。江尾城のある一帯は米子と美作国を結ぶ水陸交通上の要地であり、長く尼子氏と毛利氏による争奪戦の舞台となった。
蜂塚氏は尼子氏に属し、よくこの城を守ったが1564年(永禄7年)8月8日に毛利方の将・杉原盛重の猛攻を受け、4代・蜂塚右衛門尉は一族とともに自刃し落城する。
以後、江尾城は毛利氏の支配するところとなり、近世城郭へと改造されて慶長年間まで存続していたと見られる。なお、1617年(元和3年)の史料によれば、吉川氏家臣の佐々木四郎太郎が城番として置かれていたようである。
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建 物 |
1979年(昭和54年)に、歴史民俗資料館として二層三階の模擬天守(隅櫓)を建築。本丸跡は畑になっていて周囲にはかろうじて石垣が残っていた。
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文指定 |
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役場の前を通り過ぎ神社の前を左に曲がるとすぐに隅櫓が見える。現在は櫓には鍵が掛かっていて入ることはできない。櫓の裏手から坂を登ると天守跡や本丸跡が広がっている。小高い丘で街並みの見晴らしはいい。
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