◇◇ 勝連城(かつれんじょう) ◇◇
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勝連城

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住  所 沖縄県うるま市勝連南風原3908  
撮  影 2011/01/25
歴  史  城は勝連半島ある丘陵に位置し、南城、中間の内、北城で構成されている。
 最も高い場所は標高約100mの丘陵上にある。13世紀-14世紀に茂知附按司により築城されたという。
 この城の最後の城主が阿麻和利で、阿麻和利はクーデターを起こしてこの地方の按司となり、琉球の統一を目論んだが1458年に琉球王府によって滅ぼされた。
 城内からは中国、元代の陶磁器(染付)が出土しており、『おもろさうし』からも当時の繁栄をみることができる。勝連が当時の文化の中心であったようだ。
 浦添・首里・那覇を中心とした浦添文化に対して、系統上異なる勝連文化と言うべきものがあったのではないか、と推測される。
建  物  972年(昭和47年)5月15日、沖縄の本土復帰にともない即日、日本国の史跡に指定された。2000年(平成12年)11月首里城跡などとともに、琉球王国のグスク及び関連遺産群としてユネスコの世界遺産(文化遺産)にも登録されている(登録名称は勝連城跡)。
 登録されたグスク(城)の中では最も築城年代が古いグスクとされている。
文指定  国の史跡 2000年、世界遺産(文化遺産)登録
コメント  沖縄県では通称、城のことを「グスク」と呼び、勝蓮城は(カツレングスク)と言う。なお、カツレンジョウと言っても問題ない。