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住 所 |
沖縄県うるま市勝連南風原3908 |
撮 影 |
2011/01/25 |
歴 史 |
城は勝連半島ある丘陵に位置し、南城、中間の内、北城で構成されている。
最も高い場所は標高約100mの丘陵上にある。13世紀-14世紀に茂知附按司により築城されたという。
この城の最後の城主が阿麻和利で、阿麻和利はクーデターを起こしてこの地方の按司となり、琉球の統一を目論んだが1458年に琉球王府によって滅ぼされた。
城内からは中国、元代の陶磁器(染付)が出土しており、『おもろさうし』からも当時の繁栄をみることができる。勝連が当時の文化の中心であったようだ。
浦添・首里・那覇を中心とした浦添文化に対して、系統上異なる勝連文化と言うべきものがあったのではないか、と推測される。
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建 物 |
972年(昭和47年)5月15日、沖縄の本土復帰にともない即日、日本国の史跡に指定された。2000年(平成12年)11月首里城跡などとともに、琉球王国のグスク及び関連遺産群としてユネスコの世界遺産(文化遺産)にも登録されている(登録名称は勝連城跡)。
登録されたグスク(城)の中では最も築城年代が古いグスクとされている。
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文指定 |
国の史跡 2000年、世界遺産(文化遺産)登録 |
コメント |
沖縄県では通称、城のことを「グスク」と呼び、勝蓮城は(カツレングスク)と言う。なお、カツレンジョウと言っても問題ない。
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