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住 所 |
岡山県総社市奥坂 |
撮 影 |
2016/12/16 |
歴 史 |
桃太郎説話や「温羅(うら)伝説」の舞台として、古くから親しまれてきた鬼ノ城(きのじょう)。その築城の目的については、663年の白村江(はくすきのえ・はくそんこう)の戦いにおける敗北から、唐・新羅(とう・しらぎ)の連合軍が本土に侵攻するのではないかと危機感を抱いた当時の政権が、西日本各地に築かせた古代山城の一つであるという説がよく知られています。
しかし鬼ノ城は、『日本書紀(にほんしょき)』などには一切登場せず、築かれた時期についても様々な説があり、未だ多くの謎に包まれた遺跡です。
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建 物 |
昭和53年(1978)の鬼ノ城学術調査団による調査、さらに平成6年(1994)からの総社市教育委員会による発掘調査が行われ、角楼(かくろう)や城門など、城の外郭の壮大な姿が次々と明らかになりました。
城内については、平成11(1999)年に当センターが確認調査を行い、礎石(そせき)建物群の様相や鍛冶関連の遺構の存在が明らかになりました。平成18年度(2006)から7か年計画で調査に取り組んでいます。
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文指定 |
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コメント |
風の冷たい日のハイキング、名前につられて鬼ノ城に出向いた。大きな駐車場には車2台、合い向かいには資料館、トイレなどあり整備されている。坂道をブラブラしながら10分ほどで展望台に到着、土色した鬼の城が見える。
年代的に他の城とは一線を画した造りとなっている。近寄ると粘土質らしい土壁が特徴を出していた。なにやら空から白いものがチラチラと落ちてきて流石に見学者はいなくなった。城の遺構は広くて歩ききれないので10分ほどして駐車場に戻る。
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