◇◇ 二本松城(霞ヶ城) ◇◇
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二本松城(霞ヶ城)少年隊群像


二本松城天守閣跡からのスクロール画像
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住  所 福島県二本松市郭内3丁目232  
撮  影 2016/07/17
歴  史  二本松市街地の北に位置し、麓の居館と、標高345mの「白旗が峰」に築かれた城郭からなる梯郭式の平山城である。江戸時代は二本松藩主丹羽氏の居城となった。  室町時代・安土桃山時代と戦国時代の混乱期には城主もめまぐるしく変わり江戸時代をむかえる。
 慶応4年(1868年)の戊辰戦争に際し二本松藩は奥羽越列藩同盟に参加して新政府軍と戦ったが、7月29日、藩兵の大半が白河口に出向いている隙をつかれ、新政府軍が二本松城下に殺到し、僅か1日の戦闘において落城した(白河口の戦い・二本松の戦い)。
 手薄になった攻城戦においては「二本松少年隊」と呼ばれる少年兵も動員された。藩主の丹羽長国は米沢に逃亡し、9月に降伏、石高を半減され藩が存続した。この攻城戦において城の建物の多くが焼失した。
建  物  昭和57年(1982年)箕輪門と附櫓が復元された。平成5年(1993年)から平成7年1995年にかけて本丸の修復、復元工事がなされ、天守台や本丸石垣が整備された。
文指定 国指定史跡
-------  城入り口には二本松少年隊の銅像がありインパクトがある。復元された箕輪門と櫓が10万石の石高を感じられる。天守台からは標高353メートルからの眺めが素晴らしい。天気が良ければ安達太良山が見渡せるという。
 駐車場で地元の人が城全体を見渡せる場所があると教えてくれた。