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住 所 |
千葉県君津市久留里字内山 |
撮 影 |
2016/07/20 |
歴 史 |
久留里城は室町時代に上総武田氏の武田信長によって築かれた山城(古久留里城)で、以降は信長の子孫である真里谷氏が支配した。戦国時代には真里谷氏は衰え、代わって里見氏の拠る所となり、里見氏によって再構築され(新久留里城)、佐貫城と共に対北条氏の最前線を担った。その後、江戸時代には久留里藩の藩庁として再整備され、酒井氏の加増地となった17世紀末から18世紀半ばを除いて、近世城郭として明治維新まで維持された。 wikipediaより
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建 物 |
久留里城は戦国期から近世にかけて続いた房総の名城です。山上部のニノ丸跡に建つ資料館は、昭和54年8月1日、本丸跡に復興した二層の模擬天守閣とともに市の教育施設として開館。
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文指定 |
久留里城址資料館
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コメント |
小高い城山の山頂に城郭跡地があり隣に天守閣が作られた。駐車場から登りが続きこの時期、汗をかきながら天守閣まで登る。途中の二の丸跡からの展望は街を一望でき往年の久留里城主が管轄した建物跡などの看板もあり、その時代の勢力がうかがい知ることができる。
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